大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所葛城支部 事件番号不詳 判決

主文

被告人森川勝治を懲役二月に、被告人岸原顕雄、同杉本幸雄同小田原栄治郎を各罰金三千円に、被告人桜本美知男、同吉村真善夫、同藤岡正義、同池原俊夫、同森島啓介、同吉岡善之助を各罰金千円にそれぞれ処する。

但し、被告人森川勝治に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人岸原顕雄、同杉本幸雄、同小田原栄治郎、同桜本美知男、同吉村真善夫、同藤岡正義、同池原俊夫、同森島啓介、同吉岡善之助において右当該罰金を完納することが出来ない時は、二百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。訴訟費用は被告人等の平等負担とする。

理由

第一、事件の背景

一、昭和二九年十二月上旬奈良県北葛城郡河合村佐味田小学校において同校教員袋楽正雄が同校六学年生徒井上直輝に対し再三の注意にも拘らずその指示に従わなかつたことに憤激の末暴行を加えた。という事件が発生し問題となつていたのであるが、同年十二月中旬右佐味田小学校々長吉田安蔵が右河合村々長木下安太郎と右事件について話し合つた際右村長が校長に対し袋楽先生は生れが違うという趣旨の差別的言辞を洩した。といわれる事件が続いて発生し、その二つの事件が同村の問題として大きく取り上げられようとしておつたところ、昭和三十年一月になつて文化ニユース等新聞に右村長の差別事件が掲載されるにいたり一般に知れわたつた。

二、河合村大字西穴闇の共友青年団の団長である被告人藤岡正義、団員である被告人桜本美知男、同森川勝治、同池原俊夫同森島啓介、梅野和夫等は右差別事件に関心を持ちその真相を村長に直接聞こうと申し合わせ、同年一月六日頃西穴闇総代吉村佐埜宅を訪問中の木下村長に面会を求め、同家離れ座敷で村長に対し差別的言辞を洩したかどうかを追求したところ村長は言つたことはないと断言した。他方被告人藤岡正義、同桜本美知男、同森川勝治等青年団の役員達は佐味田小学校に赴いて同校々長吉岡安蔵に対し村長の差別的言辞が真に存在したかどうかを確めたところ校長は村長が袋楽先生は生れも育ちも違うしあの様な人を置いておくと清い学校に出来ないから追出してしまえと言つたと言明した。

三、同年一月中旬河合村大字西穴闇藤岡三松を委員長に吉村佐ヱ門、河野次一、被告人藤岡正義等を委員として差別事件に対する斗争委員会が結成せられ、共友青年団が右斗争委員会に相談の結果両者の共同主催で同年一月二十三日午後一時より大字西穴闇の光徳寺で木下村長、吉岡校長を招いて差別事件に関する真相確認会を開催することになつた。かくて当日午後一時より光徳寺において右確認会が開催され聴集者百五十名位が集り席上吉岡校長は差別的言辞があつたといい木下村長はないと言い聴集者より夫々に質問がなされ両者の答弁があつたが、その結果部落解放連盟委員の石田重成が「村長が差別的言辞を洩らしたことを確認する。」と言明して会を終つた。

四、その後右青年団員等は更に差別事件を究明しようとして屡々村長並に校長に面会を求め校長には会つて事情の説明を聞くことが出来たが、村長には会うことが出来なかつた。かくて一月下旬右青年団は斗争委員会を通じて差別事件を正式に村会が取り上げる様に話かけ、その結果その頃開かれた村会において村会議員より村長は差別的言辞を洩したことがあるかと質問をし村長はこれに対し言つたことはない旨の答弁をした。又その時村政について診療所補助金、十三号台風救済補助金、同見舞金、公民住宅の補助金の使途等について質疑が行なわれた。この頃より斗争委員会、青年団は村長の差別事件と併せて村政についても不正が存するのでないかとの疑を持ちこれを究明しようとし特に十三号台風による災害の補助金の分配については県へ調査の申入をし県庁前において部落解放、木下村長打倒というスローガンを掲げて座込みを行つたりなどしていた。

五、昭和三十年二月十日頃前記光徳寺において差別問題と十三号台風の災害補助金の分配の不正問題について村民大会が開かれその結果同年二月十二日に村会が開催される予定であるから五項目の決議文を作り来る二月十二日正午頃光徳寺にデモ隊が集結して決議文を村会に提出することを決め、委員会としては右十二日午後一時から村会に今迄の委員会の主張を十分汲んで一挙に問題の解決をしてもらうために集団示威行進をするから村民全員参加をするようにという趣旨のビラを貼つて廻つた。

第二、事件当日の模様

かくて昭和三十年二月十二日午後一時頃西穴闇の吉村佐ヱ門宅前附近に斗争委員、部落解放連盟役員、共友青年団員、村民、上牧村からの応援隊員等約二百名位の人員が集合し同所を出発して川合に至り同所の広瀬神社で演説を行い更に城古を経て池部の河合村役場に午後三時頃に到着したのであるがその間労働歌、解放歌水平社の歌を交互に歌い部落解放奈良県連盟の赤い旗を先頭にして行進した。ところが役場においては村会が村長の指示によつて延期とされ、村会議員も殆んど集つておらず勿論村長も来ていなかつた。そこでデモ隊員等は村長の居大字である佐味田に行き村長や村会議員に会つて村会を開かせるべく再び歌をうたいながら佐味田に向つて行進し、村長宅に至り被告人藤岡正義同森川勝治等が代表して同家の人に村長が在宅かどうかを確めたところ不在であるということであつた。かくしてデモ隊は佐味田小学校の運動場に入つて休憩をしたが間もなく一応デモ隊は解散することになり一部の者は帰り一部の人は他村へ演説に行つた。その後多数のデモ隊員がなおも右小学校附近に残つていたところ村長は新宅にいると告げる者があつたので再び同所へ向つた。ところが新宅即木下安太郎の二男英彦の居宅は全部戸締りがしてあり外から叩いても声をかけても返事がなかつたがデモ隊は同家附近を去らず「村長出てこい。」などと大声をあげて気勢をあげていた。その頃同家より半丁程南の橋のところに警察のジープが来たのでデモ隊の代表者が警察官に対し「今日役場で村長と会う約束をしているのに出て来ない。何とかして呉れ」と要求をしたが警察官は「十分程待つてくれ。上司と相談するから。」と答えて去つて行つた。かくする内に同家裏側の西端の屋根に梯子をかけ二階の廂に登つて窓から中を覗いていた者が「助役が中に居る。」と叫んだり、裏庭で多数の者が「村長、助役出て来い。」と怒鳴つて雨戸附近におしよせていたがその中より「いくら待つていてもらちがあかん。村長が家の中にいるから戸をこじあけて引き出せ」という声があり遂に同家裏雨戸の東端の一枚が外されるに至つた。

第三、罪となるべき事実

一、被告人桜本美知男、同森川勝治、同吉村真善夫、同藤岡正義、同岸原顕雄、同池原俊夫、同森島啓介、同杉本幸雄、同小田原栄治郎はいずれも前示デモ隊員であつて右村長木下安太郎を探し出して同村役場に連行しようとし同日午後五時過頃それぞれ前記雨戸の外れている所から故なく右屋内に侵入し、

二、被告人森川勝治はその頃右屋内二階において、長持の棒で押入の南側の階下床の間の天井板を突き破り、或は飛びあがつて手をもつて二階天井板を押しあけて破り、

三、被告人森川勝治、同岸原顕雄、同吉岡善之助、同杉本幸雄、同小田原栄次郎の五名は外数名と共同してその際前記木下安太郎の長男一太(当二十八年)に対しその両側より手を掴え或は手を引つ張り更にその背中を押す等して右屋内より裏庭を通じて同家裏側道路に無理に連行しその途中その頭部を手挙で殴打するなどして同人に暴行を加え

たものである。

第四、犯行後の事情

なおもデモ隊員が同家屋内において村長を探しておつた際、数十名の警察官が同家に向つて来たのでデモ隊員は屋外に退去し、デモ隊の代表者と到着した警察官側とが話し合いの末、その頃屋内より姿を現わした村長を役場まで警察官が護衛の上同行し、同日午後十一時頃村会が開かれた。村会において村会議長が事態がかかる状態にたちいたつた責任を村長にといその辞職を勧告したところ、村長がこれを受けず一時休憩して村長は二、三の議員と相談するため別室に入つた。ところが休憩が長びきその間に村長の入つた室の電灯が消え村長が窓より逃れ誤つて炊事場の天窓より落下し頭部を負傷するに至り、そのため村会に出席出来ず村会は流会となりかくてデモ隊の行動は終止した。

第五、証拠の目標≪省略≫

第六、弁護人の主張に対する判断

一、東中弁護人は被告人等が前示第三の一記載の如く木下英彦の居宅に侵入したのは故なく侵入したものではない。即ち木下村長の永年にわたる差別的行為或はその悪政は被告人等村民の基本的人権をおびやかしそれが現在も継続中であつてこれに対し他に適法な救済が期待出来ないときは自らの力でこれを排除することが出来るのであつて、かかる超法規的な権利の行使としてなされた右侵入行為は正当な行為として違法性を欠きこの点について被告人等は無罪であると主張し、和島主任弁護人の主張もほぼ右の趣旨と同じであつて唯村民としては右の如き村長の非行を糾明するための権利が発生し、責任者である村長が隠れて所在を明らかにしないで非行を糾明するため開かれる村会に出席せず他に適法な救済が期待出来ないという特別の事情が存する場合特別の措置として村民の前記権利の行使としてなされた侵入行為は正当の行為であるというにある。

よつて按ずるに被告人等村民としては河合村々長木下安太郎に対しその差別的行為及び村政について種々これを責問するため村会に出席を求めることは村会としての基本的人権の侵害に対する一種の排除行為に含まれるものとして正当な要求であると認められるのであるが更に進んで村会に出席させるべくその所在を探すため他人の居宅にその意に反して侵入することが正当な行為として認められるためには加えられた法益に対する侵害が緊迫したものであつて他に適当な手段を選ぶ遑なく自ら直ちに適切な措置をとるのでなければ後日その侵害を排除することが全く不可能か或は著じるしく困難であることを要すると解せられるのであつてこれを本件についてみると前示第一記載の如き村長の差別的行為並にその施政の不正不当によつて惹起される村民としての基本的人権に対する侵害は未だもつて右の事実を糾明するための村会に村長が出席しないからといつてその出席を求めるため他人の住居の平穏という法益を侵害して自ら実力でその所在を捜索しなければならぬ程緊迫したものとは認められない。従つて被告人等の判示第三の一の行為を目して正当な行為であるということは出来ずこの点に関する弁護人等の主張は採用出来ない。

二、加藤弁護人は被告人等の判示第三の一の侵入行為は故なくなされたものではなく、木下村長の息子である木下一太がデモ隊員に対し「父はいないが若しいると思うなら入つて探してみよ。」と述べており右の言葉は探しに入つてもし村長がおれば入つた行為はこれをとがめないという趣旨に解されるのであつて父である村長が同屋内に居たことが明らかであるから結局デモ隊の侵入行為は家人の適法な承諾を得てなされたものであつて違法性を欠き被告人等は右行為について無罪であると主張する。

よつて按ずるに被告人桜本美知男、同森川勝治、同藤岡正義、同岸原顕雄、同森島啓介、同杉本幸雄等はいずれも当公廷において木下一太が右の趣旨の言辞をはいたと述べているのであるが、デモ隊が居宅に侵入する当時居宅の附近には百名以上のデモ隊員が包囲しており口々に村長の悪口を大声で叫ぶなど喧騒を極め且つ険悪な緊迫した情況のもとにおいては村長の生命に対する危険さえも充分窺えるのであり、更にあらかじめ雨戸が外部より無理に外されるまで雨戸等を閉めきつて人が入れない様にしてあつた等の点を考えると木下村長の息子である一太が「デモ隊に入つて探してみよ」と侵入に対して承諾を与えるということは到底考えられないところであつて以上の各供述はこれを措信することが出来ず他にこれを認めるに足る証拠はなく寧ろ前示第五の(二)乃至(四)掲記の各証拠を総合すれば右の如き承諾はなく侵入者に対し外に出てくれと強く制止したと認められる。仮りに百歩を譲つて一太において前記の如き言辞をはいたとしてもそれはデモ隊員が村長がいるだろうとしつように問いかけるので居ないということを強調する余り売り言葉に買言葉として「居ると思うなら入つて探してみてもわかるが、居ないのだ。」という意味において述べたと解されこれを目して真の意味の承諾がなされたとみることは出来ずこのことは被告人等においても充分わかつていたと認められる。従つてこの点に関する弁護人の主張も又採用出来ない。

第七、法律の適用

被告人吉岡善之助を除く爾余の被告人九名の判示第三の一の所為は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条に、被告人森川勝治の判示第三の二の所為は刑法第二百六十条前段に、被告人森川勝治、同岸原顕雄、同杉本幸雄、同小田原栄治郎、同吉岡善之助の判示第三の三の所為は暴力行為等処罰に関する法律違反第一条刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条にそれぞれ該当するところ、判示第三の一及び三の罪の所定刑中被告人森川勝治に対し懲役刑を他の当該被告人等に対しては罰金刑をそれぞれ選択の上、被告人森川勝治について以上判示第三の一乃至三の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第十条に則つて最も重い判示第三の二の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内で同被告人を懲役二月に処し、被告人岸原顕雄、同杉本幸雄、同小田原栄治郎について以上判示第三の一、三の各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項に従つて前記法条によつて修正された各罰金の合算額の範囲内で当該被告人をそれぞれ罰金三千円に処し、被告人桜本美知男、同吉村真善夫、同藤岡正義、同池原俊夫、同森島啓介、同吉岡善之助について前記法条によつて修正せられた罰金額の範囲内で当該被告人いずれも罰金千円に処し、但し、被告人森川勝治に対し、情状により同法第二十五条第一項に則つて本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、罰金の換刑処分について同法第十八条を適用し被告人森川勝治を際く爾余の各被告人において右当該罰金を完納することが出来ない時は二百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担について刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従つて全部被告人等の平等負担とする。

第八、無罪の理由

一、本件公訴事実中被告人吉村真善夫が被告人森川勝治外十数名と共同して前示第三の二記載の日時場所において長持の棒等をもつて突き又は叩き或は蹴る等して二階天井板の一部を破壊した外、硝子戸、家具等を破壊したという建造物損壊、暴力行為等処罰に関する法律違反の点については同被告人が右日時場所において黒塗りの四尺程の棒で二階の床と階下の天井との間の一尺五寸程の空間をかきまわしたことは同被告人も認めて当公廷において述べているのであるが右の所為は建造物損壊罪或は器物損壊罪のいずれにも当らないことは明らかであり他に同被告人が建造物を損壊したり或は器物損壊した事実はこれを認めることができない。次に前顕判示第五の(三)掲記の各証拠によれば右家屋内において侵入したデモ隊員によつて一階及び二階の天井板の各一部が損壊せられた外硝子戸家具等がかなり破壊された事実が認められるのであり、これらの者と被告人吉村真善夫との間に共同関係が存在するかどうかについて按ずるに右の如く同被告人は棒をもつて天井の空間をかきまわしているのであるが、前示第二、第三の一に記載した如く被告人等が右家屋に侵入した目的は村長が居るか居ないかを探すことにあつたのであつて、被告人吉村真善夫の前記行為も亦村長を探す目的でなされたものであることが充分認められ、殊更に建造物或はその他の器物を破壊する目的でなされたものとは認められないのであり従つてこの点をとらえて右共同関係が存在したということは出来ず、他に同被告人が他の者達と共同して建造物を損壊し更に器物を損壊したことを認めるに足る証拠はない。しからば結局同被告人のこれらの点については犯罪の証明がないことに帰するので無罪の言渡をすべきであるが、右建造物損壊罪と暴力行為等処罰に関する法律違反の罪は判示第三の一の住居侵入罪と牽連犯として一罪の関係にあるとして起訴せられたものと認められるので右住居侵入罪について有罪の言渡をする以上改めて主文に無罪の言渡をしない。

二、本件公訴事実中被告人森川勝治が被告人吉村真善夫外十数名と共同して右日時場所において長持の棒等をもつて突き又は叩き或は突く等して硝子戸、家具等を破壊したとの暴力行為等処罰に関する法律違反の点について被告人森川勝治自身が器物を損壊したとの事実はこれを認めるに足る証拠はなく、又硝子戸、家具等の器物がかなり破壊せられたことは前記のとおりであるがこれらを破壊したものと被告人森川勝治との間に共同関係が存するかどうかについては同被告人は前示第三の二記載のごとく建造物を損壊しているのであるが前記の如く被告人等の侵入した目的は村長の所在を探すことにあつたのであつて被告人森川勝治の右行為も亦その目的に出でたものであることが明らかであり、殊更に建造物を損壊する目的でなされたものとは認められず、他に同被告人が他の者と共同して器物を損壊した事実を認めるに足る証拠はない。尤も同被告人は当公廷において述べている如く警察官が来たのでデモ隊員が右家屋から退去する際ミシンの頭部を屋外に持ち出そうとしたがそれを止めたことが認められるのであるがこれをもつてしても未だもつて器物損壊について前記の者達と共同関係があつたとすることは出来ない。しからば結局同被告人のこの点については犯罪の証明がないことに帰するので無罪の言渡をすべきであるが、右の罪は判示第三の一の住居侵入罪と牽連犯として一罪の関係にあるとして起訴せられたものと認められるので右住居侵入罪について有罪の言渡をする以上改めて主文に無罪の言渡をしない。

(裁判長裁判官 梨岡時之助 裁判官 福井秀夫 松井薫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!